
はじめまして。
株式会社糀屋三左衛門の代表取締役社長を務める、村井三左衛門です。
糀屋三左衛門(こうじやさんざえもん)は室町時代に創業し、約600年もの間、日本の伝統的な発酵・醸造文化の根底を支え続けてきた「種麹(たねこうじ)」のメーカーです。味噌、醤油、みりん、米酢、日本酒といった日本の食卓に並ぶ数多くの食品の裏側には、私たちがつくる「種麹」が存在しています。
さらに、近年は伝統を支えるだけに留まらず、種麹をはじめとする「麹文化」の新たな価値を創出し、世界へと発信する取り組みにも力を入れています。
伝統を受け継ぐ家に生まれた私が、第29代当主として「村井三左衛門」を襲名するまでの道のりと、業界全体で新たな飛躍を遂げるための挑戦、そしてその根底にある想いをお話しさせていただきます。
▼室町時代から受け継がれてきた「種麹」の家系に生まれて
室町時代、戦国の世の真っ只中の京都で、糀屋三左衛門は第13代将軍・足利義輝の許可を得て、種麹業を始めたと言い伝えられています。
代々京都で商売を続けてきたのですが、戦後、私の祖父の代にのれん分けという形で、愛知県豊橋市で分家を立て、種麹業を開始しました。
その後、京都の本家閉業に伴い、祖父が27代当主として「糀屋三左衛門」を受け継ぐことになりました。すでに豊橋で多くの繋がりもできていたため、京都には戻らず、この地に留まることを選びました。
以来、父、そして私へと引き継がれ、今日まで事業を営んでいます。
▼幼い頃から描いていた、第29代当主への道
かつては自宅と会社が近かったこともあり、私にとって家業は幼い頃から常に身近な存在でした。
父や社員の皆さんが懸命に働く姿を、間近で見ながら育ってきたのです。
ですから、「私もいつかは家を継ぐのだろう」と、ごく当たり前のように考えていました。
慶應義塾大学を卒業後、アメリカの大学院へ留学してMBA (国際経営学修士)を取得、その後、2006年に糀屋三左衛門に入社しました。
入社後は営業の仕事に従事し、取引先やパートナー企業へ足を運ぶ日々を送りました。
その中で強く印象に残っているのは、当社の社員をはじめ、食品に携わる製造、検査、運送など、現場で働く一人ひとりが、本当に真面目でひたむきに仕事に向き合っている姿でした。
そして2016年、28代当主である父・村井總一郎の跡を継ぎ、私は第29代当主となったのです。
▼自律的な組織を目指して――培われた「強み」をさらに高めるための組織改革
長年会社や社員たちを見てきて、「この仕事は間違いなく誇るべきものだ」と確信していました。
社員たちの与えられた仕事を正確にこなしていく姿勢は、大きな強みでした。一方、緊張感が過度に強く、成功することよりもミスしないことを優先する風土があり、命令や指示のない状況で自分で考えて動く「個の力」が弱いと感じられました。
そのため、ここを改善・強化することが不可欠だと私は考えたのです。
社長就任後、取り組みを始めたのは組織改革でした。
一人ひとりの自律的な行動や新しい発想、イノベーションの創出を期待し、組織体制の自由度を高めました。
目標設定についても、トップダウンで決めるのではなく、「3~5年後の会社のあるべき姿」を共有したうえで、未来から逆算して各部門に考えてもらう方法へと切り替えました。
また、従来の決められたマニュアルに沿った会議進行も見直し、自由や裁量の多いやりかたを導入しました。
「先代の時から何年も変えずに使用している会議資料のフォーマットや、説明順序もゼロベースで自由に考えていい。伝えたいことを伝えてくれればいいし、意図が伝わる資料なら形式は問わない」としたのです。
自由度を高めれば、個々の力が発揮され、様々なアイデアも生まれてくるはずだ――。
しかし、私のこの考えは見事に打ち砕かれました。
それまで決められた手順を軸としてスムーズに動いていたものを、私が一気に解放してしまったため、かえって混乱を招き、うまく機能しなくなってしまったのです。
当初は思うようにいかないことばかりでしたが、根気よく「自由」や「自律」の風土を浸透させようと試行錯誤を重ねました。
安心して自由な発想や行動ができるよう、評価制度の基準も改訂しました。一方で、ルールや指示がある方が働きやすい、動きやすいという意見もあり、そのような社員の意見にも耳を傾けながら、「自由であるべき部分」と、「規律を守るべき部分」を一つ一つ整理していったのです。
近道はなく、一歩一歩、歩みを進めていきました。そうしてようやく5年ほど前から「自律的な風土」が定着してきたと感じています。この間に、新たな仲間たちが加わってくれたことも大きな力となりました。
現在は経営陣と社員との距離も縮まり、部署を超えた意見交換や連携も生まれています。かつては「規律を守ること」が最優先され、休憩時間でさえどこか緊張感がありましたが、今では、以前よりものびのびと働ける社風になったのではないかと感じています。

▼日本の食卓を支える「種麹」とは?
改めて説明しますと、「種麹」とは、味噌や醤油、日本酒などの醸造に欠かせない「麹」を造るための「麹菌」のことです。「麹造り」の基礎原料として、製造現場を支えています。
酒蔵で杜氏がお米の上に細かい粉をサラサラと振りかけている麹造りの映像を、テレビなどでご覧になったことはないでしょうか。
まさにあの粉こそが種麹です。「麹造り」というと、蔵に古くから棲みついている菌を使っているというイメージがあるかもしれません。しかし実際は、当社のような種麹メーカーから「種麹」を仕入れて製造するのが一般的なのです。
現在、全国にある種麹メーカーは6社程度で、当社はその中で「総合メーカー」に位置しています。
研究・開発部門を担う関連会社「株式会社ビオック」にて、味噌用、醤油用、焼酎用、清酒用と多様な種麹を製造しており、業界トップクラスのシェアを占めています。
▼「麹」の価値を世界中に広げていくための挑戦
これまでは企業向けの種麹販売が主要事業でしたが、近年は一般消費者向けの商品販売や、「麹文化」を伝えるための教育事業にも力を入れています。
その教育事業の一環としてスタートしたのが、「KOJI THE KITCHEN(コウジ・ザ・キッチン)」や「麹検定」といった取り組みです。
「KOJI THE KITCHEN」は、種麹を主軸とした食文化の創造探究プロジェクトとして、2021年に発足しました。
実際に麹に触れながら、地方創生、フードテック、伝統文化、ガストロノミーなど多角的な視点で麹文化の本質的な理解を深める「アカデミー」などを開催しています。海外開催も含め、これまで7回実施してきましたが、毎回ご好評をいただき、累計で約200名の方にご参加をいただいています。
また、「麹」をもっと身近に感じ、正しい知識と活用法を学んでいただくため、2024年には「麹検定」をスタートさせました。
日常生活で活かせる入門知識からプロ向けの実践的な内容まで、3級から1級までのレベルをご用意しています。
おかげさまで多くの方から注目を集め、現時点で累計約500名の方に受検いただきました。
こうした取り組みを通じて、社会における「麹」の捉え方がゆるやかに変化しているのを感じています。
日本の食卓を支える役割に留まらず、多角的な視点から「麹」の価値を高められるような、確固たる事業を創っていきたいと考えています。
▼新たな潮流を生み出し、大きな壁を乗り越える――まだ見ぬ「麹」の可能性を追求する
国内のみならず「麹」や「発酵」への関心は海外でも高まっており、当社へ見学に訪れる外国人の方も増えています。「麹」に馴染みのない海外の方々には非常に新鮮に映るようで、深く感銘を受けて帰っていかれます。
さらに海外では、レストランにおける最先端の「料理技法」として、健康志向の高い個人の「ライフスタイル」として、あるいは新食品素材やサプリメントを生み出す「バイオ・医療分野」の応用製品として、様々な側面から注目を浴びています。
「麹」に対する国内外からの「注目の波」が来ていると実感しています。
しかし、本格的な市場を形成するには、まだ乗り越えなければならない課題が多く残されているのです。
最大の課題は、日本における「食品」の市場価値が相対的に低い点にあると考えています。
例えば、麹を使った「手作り味噌キット」がありますが、1セットで3,000円~4,000円程度です。3~4人家族であれば、1~2か月は十分に賄える量が作れます。各家庭に麹文化が浸透していくのは喜ばしいことですが、食品としての需要だけに頼っていては、市場としての大きな拡大や成熟は難しいのが現実です。
だからこそ、「麹」の大きな市場を創出するためには、食品という枠組みを超えた付加価値をどう創っていくかが、極めて重要な鍵となるのです。
その一環として、従来の米や麦以外での素材を用いた麹開発を検証したところ、有効成分の増加や素材の高付加価値化につながる手応えが得られつつあります。
さらに、フードクリエイターと共同で、キヌアやコーヒー豆の「麹化(原料に麹菌を繁殖させて麹をつくる工程)」にも挑戦しました。この取り組みの様子は、YouTubeでもご覧いただくことができます。
まだ道半ばではありますが、これからも試行錯誤を重ねながら、「麹」の新たな価値を創造し、業界に新たな風を吹き込んでいきます。

▼今後、会社で実現したいこと
「種麹」の価値を高めていく――。
私が目指す世界はこの1点です。多角的で新しい観点から、「種麹」の魅力を広める取り組みを、今後さらに強化していきたいと考えています。
「種麹業界」のみならず、「発酵・醸造業界」、ひいては「食品製造業界」に関わる一人ひとりが、誇るべき仕事に日々取り組んでいると強く感じています。食品製造業界全体の価値向上も見据え、私たちは「種麹」の価値を高めることに力を入れているのです。
しかし食品製造業界を取り巻く現在の市場環境は、決して恵まれたものとは言えません。
例えば、スーパーで普段使いの醬油を買う場合、どのようなものを選びますか?
おそらく1リットルで500円前後のものが一般的かと思われます。500ミリリットルで1,000円程度のものになれば、「贈答品」や「特別な食卓用」という扱いになるのではないでしょうか。
一方で、海外ブランドのミネラルウォーターの中には、普段使いの醤油より高価な商品が多数あり、それでも日常的に買い求める消費者が大勢います。
醤油や味噌といった日々大量消費される商品は、毎日の食卓に欠かせない存在でありながらも、その価値に目が向けられることは多くありません。
仮に毎日1,000万人が1杯ずつ味噌汁を飲み、一杯に10グラムの味噌を使うとすると、必要な味噌は1日で100トンにもなります。社会を支えるこの大量の食品製造を、誰かが担う必要があるのです。
「日本の食文化を守っている人々は、もっと評価されていい」
長年食品製造業界に携わってきた一人として心からそう思います。
今では「このトマトはJA豊橋のAさんが作りました」など、野菜や米の生産者さんの顔は見えるようになってきています。それでも、店頭に数多く並んでいる醤油や味噌、ケチャップ、かまぼこなどを造っている人の顔は、依然として見えないままです。
大切な日本の食卓を守るために現場で懸命に働く人々が、経済的にも社会的にも正しく評価され、報われる社会を創っていきたいのです。
▼さいごに
基本的に私は「成果主義」の人間です。成果を出した人が見合った対価を受け取るべきだと考えています。
しかしそれと同時に、「誰しもが成果を出せる可能性を秘めている」と信じています。
だからこそ「一人ひとりの可能性」を最大限に引き出す環境を整えることが、経営者としての重要な役割だと思うのです。決められた枠組みに当てはめるのではなく、個々が持つ固有の価値を引き出せるような仕組みや体制を作り、その価値が正しく評価される健全な循環を生み出すことに心血を注いでいきます。
私が「人」を中核にした経営にこだわるのは、これまで出会った方々へ「恩」を返したいからです。
この豊橋の街で私は生まれ、地域の方々や友人に支えられて育ちました。糀屋三左衛門に入社してからも、お客様やパートナー企業の方々に温かく育んでいただいたからこそ、今があります。
だからこそ、現場で前向きに努力を重ねる人々の価値が正しく理解される社会を創りたいのです。
2025年、私は「村井三左衛門」を襲名しました。
「三左衛門」は、約600年もの間、歴代当主に受け継がれてきた由緒ある名前です。この名前を背負って活動するまでには、自分の中で非常に大きな覚悟が必要でした。
40代の私ですが、業界内ではまだまだ“若手”です。70代や80代の大先輩方はすっかり名に負けない風格をお持ちですが、私の「三左衛門」は、まだ借り物の服を着ているような感覚があります。
早くこの名前に見合う当主となれるよう、日々精進を重ねていきたいと思います。
私の最終的なビジョンの根底にあるのは、この「伝統産業」をどう次世代に引き継いでいくかということです。
受け継いでもらうためには、次世代が自ら「受け継ぎたい」と思える魅力的な産業であることが不可欠です。そのためには、産業全体でしっかりと利益を生み出し、働くことに楽しさと誇りを感じられる「エコシステム」を構築することが必要です。子どもたちの「将来なりたい職業」に選ばれるような世界を創っていきたいと考えています。
それが実現すれば、「伝統産業」は自ずと未来へ受け継がれていくはずです。
「伝統」は責任を背負わせて受け継がせるものではなく、「受け継ぎたい」という想いがそれぞれの時代でつながっていき、結果として残ったものが『伝統』になるのだと私は思います。
600年にわたり培われてきた伝統を大切にしながら、未来を担う世代へと受け継がれる「魅力ある伝統産業」を創造すべく、糀屋三左衛門は新たな挑戦を続けてまいります。
