2026-08-06

埋もれている「種」の可能性を爆発させる。ニッチで小さな総合商社だからこそ実現できる価値

イービストレード株式会社 / 代表取締役社長 / 寺井 良治
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東京都

イービストレードと共に歩んだ四半世紀の人生

はじめまして。
イービストレード株式会社の代表取締役社長を務める寺井良治です。

イービストレードは、セキュリティ装置からキャラクターグッズ、藻の培養、水質改善装置、クリニック設立までありとあらゆるビジネスを取り扱っている「総合商社」です。世の中の素晴らしい技術やアイデアを繋ぎ、ビジネスの「売れる仕組み」をつくり、中小企業でありながら多種多様な価値を創出できるのが強みです。

最初にお伝えしておきますが、私には立派な経営者が語るような輝かしい創業ストーリーや高尚な理念はありません。
時代の渦の中で、ある日突然、瀕死の会社の社長に任命され、必死で生き抜くうちに長い月日が経っていました。
私の半生はイービストレードと共にあるといっても過言ではありません。

ですから、美談ではなく、私がこれまでの人生や現場で何を思い、どんな出会いがあって今ここに導かれたのか、あるがままの出来事と考えをお話していきます。

▼「青春」を追い求めた学生時代と、「白衣」から逃れて入社した商社
私は静岡県袋井市という、田園地帯が広がるのどかな環境の中で、男4人兄弟の三男として育ちました。家は農業を営み、父は長距離トラックドライバーとしても働いていました。そのような環境で育ったので、「経営」などというものにはまったく縁がありませんでした。

学生時代には、当時流行していた熱血スポーツものの「学園ドラマ」にはまり、「青春」を求めてサッカー部の門を叩きました。しかし、練習が厳しすぎて青春どころではありませんでした。なんとかレギュラーの座は掴んだものの、大きな怪我をしてしまい、サッカーは辞めることになりました。

次に私が「青春」を求めたのは、当時の青春の象徴「早稲田大学」でした。いわゆる“バンカラ”にも憧れがありました。猛勉強の末に試験に合格し、早稲田への入学を果たしました。
しかし、私の入った理工学部は大隈重信銅像があるキャンパスではなく、そこから離れた場所にある無機質なキャンパスだったため、またもや青春を謳歌し損ねてしまったのです。
その上、大学4年次の卒業研究は、私にとってかなりつらいものでした。国の研究機関で研究に従事したのですが、「もう二度と白衣は着たくない」と思うほど、自分には合わないと感じたのです。

ですから就職の際も、「研究所のない業種」という理由だけで、消去法のように商社を選びました。
そして、ご縁があって日商岩井株式会社(現:双日株式会社)に入社したのです。

▼期待の新星「イービストレード」の誕生と失速。そして、苦境の中の社長就任
日商岩井に入社してから月日が流れ、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、商社業界は業績不振と経営危機が続き、「冬の時代」と言われていました。さらに、インターネットの台頭によって、「商社不要論」が叫ばれるほど、厳しい時代にありました。

日商岩井も例外ではなく、苦境の時期が続き、社内には閉塞感が溢れていました。
そんな中、28~29歳の若手社員たちが社内で決起集会を開き、「新生日商岩井を作る会」を結成しました。そして彼らが社長に直訴して誕生したのが、総合商社初の社内ベンチャー「イービストレード」だったのです。
2000年3月、Eコマース事業の立ち上げを目的として設立されたイービストレードは、「ネット総合商社」として、メディアをはじめ各方面から大きな注目と、高い評価を集めていました。

しかし、蓋を開けてみると結果は惨憺たるものでした。ITバブルの崩壊と共に事業モデルも崩れ、会社は一気に危機的な状態に陥りました。

当時、私は化学品部門の営業だったため、「私たちの生々しいリアルな仕事が、ネットに置き換わることは絶対にない」と、イービストレードを若干冷めた目で見ていました。
そんなアンチだった私に、まさに青天の霹靂とも言える出来事が降ってきたのです。

「イービストレードの社長をやって欲しい。そこで会社を立て直してこい」

神田のガード下にある焼き鳥屋で、突然上司から切り出され、私は間髪入れずに断りました。
断った理由は明確です。私は、Eコマースにもベンチャーにも興味がありませんでした。しかも、当時の私の役職は「課長代理」。管理職の経験すらないのに、社長のオファーなど引き受けられるわけがありません。

なぜ私に白羽の矢が立ったのかが気になり上司に尋ねると、こう返ってきました。
「熱意ある若手が立ち上げた学園ドラマのような会社の社長だ。熱血先生タイプのお前がいいんだよ」
この言葉を聞いた瞬間、かつて学園ドラマに夢中になっていた私は、自分が味わえなかった「青春」に想いを馳せました。
そして、思わずこう言ってしまったのです。
「もう分かりました。私がイービストレードの社長になります」

社長の打診を引き受けたのは、単に「学園ドラマ」という言葉に惹かれただけではなく、当時の商社の混沌とした状態に、ある種の諦めを感じていたからでもありました。
このまま会社にいても、何も変わらない。
それならばと、半ば投げやりな気持ちも混ざりながら、イービストレード社長就任を受けたのがすべての始まりでした。

▼イービストレード事業モデルの確立:独自の価値で事業を創出する
社内ベンチャーとして華々しく誕生したイービストレードでしたが、事業モデルも崩壊した今、会社に残っていたのは、「自分たちの手で新しい事業を興す」という若手たちのモチベーションだけでした。設立時に集まった資本金もほぼ底を尽き、2002年の社長就任当初から崖っぷちに追い詰められていました。

そこでまず私は、「やりたいこと」「やらなければいけないこと」「できること」、の3つを整理することから始めました。

第1に、「やりたいこと」への想いは、私と社員の間で完全に一致していました。
「新事業創造」を掲げて歩んでいく、という確固たる軸を明確にしたのです。

第2に、「やらなければいけないこと」。これに対しては、私は即座に答えを出しました。
「お金を稼ぐこと」
いくら立派な夢を掲げていても、私たちは仙人ではないので夢だけでは生きていけません。特に、すでに瀕死状態にあったイービストレードは、すぐにでも日銭を稼がなければならない危機的状況にありました。

そして最後が、「できること」です。実は、この3番目の整理に最も苦心しました。
イービストレードを立ち上げた若手社員たちの専門分野は、「財務」「経理」「人事」「総務」。お察しの通り、「営業出身者」が一人もいなかったのです。
これには、さすがの私も絶望せざるを得ませんでした。
しかし、深刻に悩んでいる私を傍目に、社員たちは瞳を輝かせながら、「僕たちの手で新しいことを成し遂げなくてはいけないんだ」と、使命感と期待感で満ち満ちているのです。

その姿を見た時、私はふと、この「純粋な素人集団であること」が武器になると直感したのです。
元々、売るべき商材も、十分な資金もない。しかし、この無垢な社員を「商材」にすることで、道を拓くことができるかもしれない。
これで、「やりたいこと」「やらなければいけないこと」「できること」の3つの要素が重なりました。
その重なった部分をイービストレードの事業モデルへと転換していったのです。

当時、大手企業が相次いで新規事業立ち上げに取り組んでおり、私はそこに当社の社員を送り込んでコンサルティングを担当させました。このコンサルティングは、経験豊富な「商社マン」は敬遠する領域なので、「素人集団」が適任でした。その後、私が実際の仕組み構築からマーケティング、現場の実装・運用までを主導し、多岐にわたる価値を生み出せるようになりました。
こうしてイービストレードは、「小さな総合商社」として独自の事業モデルを確立していったのです。

その後イービストレードは親会社(双日)の都合で売却されることになり、私は会社を辞めて出向社長からプロパー社長となりました。
さらに2013年、意を決してMBOを実施してオーナー社長となり、約四半世紀にわたりイービストレードと共に歩みを続けています。

広くて深いイービストレードの事業分野 ——その根底にある「爽快感」とは

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▼キャラクターグッズから地雷探知機まで。幅広い事業を取り扱う「総合商社」
イービストレードは、“日本一元気”を掲げている小さな総合商社です。
私たちは「モノ」を売っているのではなく、多岐にわたる「商売の仕組み」をつくっている会社です。「良いモノ」だから売れるとは限りません。売れるための「仕組み」をつくることで、私たちは日本初、世界初となる新規事業をいくつも創造してきました。

一般的に大手総合商社は、「ラーメンからジェット機まで」と言われるように、あらゆる事業を展開していますが、イービストレードも「キャラクターグッズから地雷探知機まで」 様々な分野で色々なモノを取り扱っています。
現在、当社はセキュリティ、ライフエンタテインメント、環境、バイオ、生活産業、メディカル、イベントプロモーション、AUTOシステムの8つの事業を展開しています。

例えば、ライフエンタテイメント事業では、大手ファストフードチェーンのおまけのおもちゃや、人気キャラクターのグッズなども手掛けています。
空港で、金属探知機やX線検査装置を見かけたことがあると思います。当社のセキュリティ事業では、そうした保安検査機器を取り扱っており、その国内シェアは7~8割にも上っています。
さらには、地雷探知機まで手掛け、国のODA(政府開発援助)を通じてウクライナ向けに輸出も行っております。
その他にも幅広い分野の事業があり、様々な形のビジネスを提供できるという意味で、「総合商社」を称しています。

▼一次産業から三次産業まで。あらゆる機能を持つ「総合商社」
手掛ける事業の広さだけではなく、グループ会社と連携して、一次産業から三次産業までを網羅する「機能面」における総合商社としての役割も持っています。

一次産業(水産業)に関わる分野としては、「ナンノクロロプシス」という藻の大規模培養を行い、その社会実装を目指しています。
ナンノクロロプシスという名前はあまり知られていませんが、必須脂肪酸の1つであるEPA、その他にもビタミン、ミネラルなど、豊富な栄養を含んでいます。このナンノクロロプシスが、地球温暖化や食糧問題などの社会問題を解決する可能性を秘めているのです。現在は、水産養殖飼料や健康食品として利用されているほか、「藻給食」として学校給食でも提供されました。

二次産業(製造業)においては、グループ会社で開発した水質改善装置を活用し、環境改善・保全に貢献しています。
実は水が汚れるのは、流れが止まり水が腐ってしまうことが原因です。私たちは、その水に薬剤を投入するのではなく、装置を使い水流を発生させることで、水域が持つ自浄能力を回復・保持させること目指しています。東洋医学的な発想の環境に優しい水質改善ソリューションです。

三次産業(医療サービス)においては、スポーツと医療を融合させた整形外科クリニックの企画から立ち上げまでを支援しています。
2015年には、鹿島アントラーズと連携した「アントラーズクリニック」を開院しました。診療を担当するのはチームに所属するドクターですが、一般開放されているのが特徴です。そのため、選手だけではなく地域住民の方も通院され、地域の医療拠点になっています。多い時は、1日で400人を超える患者さんが来院されたこともあります。
現在は、その他の地域でもクリニックを立ち上げており、地域医療の受け皿の1つとなっています。

こうした多機能な側面を持つことも、私たちが「総合商社」を称しているもう一つの理由です。
ただ、私たちのすべての事業に共通しているのは、「ニッチ」であるということです。大手企業が取り扱わない「ニッチ」な商材にこそ、大きなビジネスの可能性が秘められています。

日本には、まだまだ優れた商品や技術が数多く眠っています。商売の仕組みつくるプロフェッショナル集団である私たちにとって、巨大な市場と無限の可能性が広がっていることが、この上ない強みになっているのです。

▼日本で一番「粋で格好良い」総合商社を追求する
私はイービストレードを、日本で一番「粋で格好良い」総合商社にしたいと心から思っています。
その想いの起点は、日商岩井時代に経験したある出来事が関係しています。

かつて私は、新卒で日商岩井に入社し、化学品の営業部隊に配属されました。新入社員のうちから億単位の莫大な金額を取り扱っていました。しかし、実際の商材に触れることなく帳簿上の金額が動くだけで、どこか手触り感がありませんでした。取引先との関係を円滑にすることが最優先され、事業を創っているという充実感がなく、悶々としていたのです。
当時の私はとても格好悪かったと、今でも思います。

転機となったのは、入社して5年目に突然「バンコク駐在」を言い渡されたことでした。
現地には先輩駐在員がいたのですが、バンコクへ旅立つ前に、会う人会う人から「あいつの下で働くの大変だな」「生きて帰って来いよ」と声を掛けられたのです。
心配しながら異国の地に降り立つと、まさに皆の言う通り「規格外」の先輩でした。
やることなすこと破天荒な上に桁違いのスケールで、駐在中に現地で会社を11個も立ち上げたのです。彼と仕事を共にすることで、私は「自らの手で事業を創り上げている」という確かな手応えを感じました。
数えきれない苦労もありましたが、それ以上に私は「爽快感」を感じ、これまでになく充実した時間を過ごしました。

私から見れば、彼は紛れもない「粋で格好良い」商社マンでした。彼との出会いによって、私は“商社”の本質を知り、自分自身も“本物”を目指すように変わっていったのだと思います。

だからこそ、イービストレードは「爽快感」のある仕事にこだわっています。
すべて自社が事業主体となり、自分たちで事業を創り上げることを徹底してきました。それは売上の大小とは関係がありません。実際、かつて数億円の仕事で感じられなかった爽快感を、イービストレードが創り上げた数千万円の仕事で、溢れるほどに感じたのです。さらに自ら事業主体となることで、既存の枠にとらわれないあらゆる仕事を生み出せるのも醍醐味です。

こうした「爽快感」のある仕事で価値を生み出し続けて、イービストレードは日本一「粋で格好良い」総合商社になることを目指しています。


さらなる価値を創造するための「100億企業」への挑戦

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私たちはこれからも「粋で格好良い商社」を追求し続けていきます。
そして、これを追求するためにイービストレードは「100億企業」を目指していきたいと考えています。

商社というものは、会社の規模が大きくなりすぎると、かえってできることが狭くなり、逆に小さすぎてもやはりできることが少なくなってしまうと考えます。「爽快感」のある仕事を成し遂げるためには、適度な規模感が必要なのです。
その適度な規模が「100億」だと私は考えています。
売上100~200億円規模の企業が最も、幅広い領域で多くの「事業の種」を手掛けられると見積もっているのです。

目標を達成するためのテクニックとして、私は社員たちによく「ホラを吹きなさい」と言っています。「ホラ」と「嘘」はまったく別物です。
「嘘」には悪意がありますが、「ホラ」は自分や周りを鼓舞するために大きな話をすること。しかも、「ホラ」は未来の時間軸で実現させれば、それは「本当のこと」になります。
私自身も今に至るまでに、多くの「ホラ」を吹き、それを現実に変えるために全力を尽くしてきました。この「ホラ」の繰り返しで、会社は成長してきたと言っても過言ではありません。

ですから、今この瞬間「イービストレードは100億企業になる」というホラを吹きます。
これは単に「100億」という数字そのものが目標なのではありません。今まで以上に多様な事業を創造できる企業へと発展することを目指すものなのです。

▼さいごに
ご存じのように、元来私は「社長」という立場に興味がなかったにもかかわらず、様々な事象が重なってその役職に就いた人間です。ですから当初は「社長の仕事」の本質が何かを掴めずにいました。

その答えを探し続けて、会社の10周年パーティーの時に、私なりの答えがようやく整理できたのです。
そのパーティーには前職でお世話になった先輩方も来てくれ、そのうちの一人が私にこう言いました。
「お前、ずいぶん社長らしくなったな」
私は「社長らしい」という意味が分からず、先輩に尋ねました。
すると先輩は、「会社を潰さなければ、立派な社長なんだよ」と答えたのです。

奇しくもこれは、私がイービストレードの社長就任時に、日商岩井の社長から言われた言葉と同じでした。当時はその真意が理解できずにいましたが、実はその言葉は本質を突いていたのです。

私は四半世紀前、瀕死状態にあった会社の社長に就任しました。残された経営資源の少なさに絶望し、それでも会社を潰さないために、何とか自分たちの価値を見つけ、社員と共に必死でもがきながら生き抜いてきました。

だからこそ、先輩は私が「本物の社長になった」と言ってくれたのだと私は理解しています。
大企業はまた別だと思いますが、中小企業の社長は「会社を潰さない」こと、これこそが一番の仕事だと考えています。

また、私たちはこれまでに「失敗」をしたことがありません。
もちろん、事業で多額の損失を出したこともありますが、これを「失敗」と私たちは捉えていません。
ある事業を立ち上げて損失を出したとしても、それを始めたことで様々なご縁や出会いが生まれ、それが次の新しい事業へと発展し、会社の成長に繋がったのです。
ですから、上手くいかなかった事業は「成功ではない(非成功)」なだけであって、決して「失敗」ではないのです。
だからこそ、イービストレードはこれだけ多岐にわたる事業を形にすることができたのだと思います。

イービストレードは、これからも「粋で格好良い小さな総合商社」を追求し続け、ニッチで創造的な価値を世の中に提供し続けます。


profile

氏名
寺井 良治
役職
代表取締役社長

Introduction

企業名
イービストレード株式会社
所在地
東京都千代田区神田多町2丁目1番地
事業内容
【セキュリティ事業】……各種セキュリティ機器の開発・発掘、販売
【ライフエンタテインメント事業】……グッズ・印刷物・BD/DVD/CD等のOEM事業、ライセンスビジネス事業
【生活産業事業】……日用品・雑貨・化粧品・お酒・食品等の販売
【環境事業】……水質改善装置・送風機の販売~エビスマリン㈱
【バイオ事業】……微細藻及び微細藻関連商品の販売
【メディカル事業】……クリニックの企画・提案等
【イベントプロモーション事業】……イベントの企画・制作・運営等
【AUTOシステム事業】……カー用品適合検索アプリの制作、SSスタッフ研修事業
企業サイト
https://ebistrade.com/
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