
はじめまして。
株式会社NEXT ONEの代表取締役社長を務める斉藤徹です。
NEXT ONEは、全国約8万ユーザーを抱える新電力事業を中心に、ウォーターサーバーやインターネット回線など、人々の生活を支えるインフラを提供しています。
そしてもう一つ、私たちが強い想いを持って取り組んでいるのが、スマート農園型の障害者雇用支援事業です。
一見すると接点のない2つの事業ですが、私の中では一本でつながっています。
それは、「人や社会を支える存在でありたい」という想いです。
しかし、かつての私には、そのような考えさえ及びませんでした。
それどころか、自分の力を信じて疑わず、どこか過信していた部分があったのだと思います。
しかし、2021年に直面した、これまでの積み上げが一瞬で吹き飛ぶような8.5億円の営業損失という大きな試練が、私の経営観、そして人生観を根底から変えてしまいました。
「自分一人で生きてきた訳ではなく、会社は自分のものではなかった」
絶望の中で見えたもの。
それが、今のNEXT ONEの原点になっています。
▼「訪問販売なんてやりたくない」からのスタート。そして、トップセールス、最年少支店長へ
私のキャリアは、外資系企業での訪問販売営業から始まりました。正直に言うと、「訪問販売なんて、やりたくない」と、最初は辞めたくて仕方ありませんでした。
しかし、20代前半という社会人生活の初めから、「逃げ癖」をつけてしまう怖さも感じていました。自分が何者かも分からない曖昧な時期に、安易な選択をすることで、一生逃げ続ける人間になると感じたのです。
そう思い、まずは仕事を続ける決断をすると、状況が一変しました。
幸いにも良き仲間や環境に恵まれたこともあり、私は営業成績を伸ばし始め、気づけばトップセールスへと駆け上がりました。
その後、最年少で支店長に抜擢され、札幌支店の立ち上げを任されました。
マネジメントから採用・教育までを必死で手掛けた経験が、NEXT ONEの経営の土台になっています。
▼NEXT ONE誕生の背景:「Think Big」をもっと多くの人に
もともと、私には起業したいという想いは一切ありませんでした。「営業」ですら、自分には向いていないと考えていました。
しかし、前職で、海外の様々な考え方や価値観に触れたことで、自分自身が大きく変わっていったのです。
イギリスやオーストラリアなどの海外拠点を訪れ、現地の社員と交流する中で、多様な考え方や価値観があることを知りました。
特に当時の社長の言葉に衝撃を受けました。
「Think Big(大きく考えろ)」
どちらかといえば「はみ出ない」ことが評価される日本の環境で過ごしてきた私が、自分の中の常識を覆された瞬間でした。
「最初から限界を決める必要はない、物事の可能性は無限大にある」
そう気づいたことで、私自身の思考が変わり、それに伴い行動も変わっていきました。
そして、行動が変わったことで、トップセールス、支店長へ抜擢、という結果が付いてきたのです。
入社当初、広い世界があることを知らず、訪問販売を敬遠していた私が、わずか2年半で急成長し、まるで別人のように生まれ変わりました。
「考え方が変わると、行動が変わる」
「行動が変わると、人生が変わる」
この急激な変化に、私自身が一番驚きました。
同時に、「可能性に気づけていない人が、世の中にはたくさんいる」と考えたのです。
それならば、私が体現したように、一人でも多くの人が夢や希望を持ち、成長できる機会を私がつくる側になろう。
その想いが原動力となり、24歳の時に「NEXT ONE」を立ち上げました。
▼私の原点:「枠組み」に囚われていた少年時代と、磨かれた観察力
私のルーツを辿ると、祖父はシベリア抑留という過酷な経験を経て、北海道で酪農を営み生計を立て直した苦労人でした。父もまた、苦労をして私たちを育ててくれました。そのため、当時は「自分の可能性を追求する」というよりも、無意識に「自分の限界ラインを引く」ことが習慣になっていたように思います。
一方で、私は3人兄弟の末っ子だったのもあり、子どもの頃から観察力や分析力に長けていました。兄たちの行動を見て、「何をすれば怒られ、どうすればうまくいくのか」を冷静に学習していったのです。また、効率化することが好きで、できるだけ無駄を省く性質でもありました。
こうした少年時代から培った特性も、仕事の成果を出すための一助となったかもしれません。お客様の性格や、購買意欲のトリガーがどこにあるのか。表情や話し方、さらには玄関の様子を見ただけで、ある程度の予測がつくほどでした。この性質は、部下の気持ちや個性を理解するのにも役立ち、マネジメントにおいても大きな武器となりました。
考え方が変わったことで、知らずに自分を閉じ込めていた“限界の枠”から飛び出すことができました。だからこそ、持ち前の性質やポテンシャルも最大限に発揮され、成果につながっていったのだと考えています。
「人生の可能性は無限大」
私自身が、そのことを体現してきたからこそ、一人でも多くの人にそれを届けたい。
しかし、本質的な考え方を変えるためには、きっかけとなる「縁と運」が必要です。
だからこそ、私自身がその「きっかけ」を生み出す存在になろう。
その決意から、NEXT ONEは誕生しました。

▼「27歳で営業利益1億円」それでも消えない恐怖。新たなストックビジネスへの転換
2006年に創業後、インターネット回線販売事業に従事していたNEXT ONEは順風満帆に成長を重ねていました。
3期目には営業利益1億円を達成。当時私は27歳でした。
しかし、この“成功”に不思議と安心感はありませんでした。むしろ恐怖の方が大きかったとさえ言えます。
当時の主力だったインターネット回線販売は、販売した分だけ利益になる「フロー型」の事業です。
売上が止まれば、会社の収入もゼロになります。
一方、当時は社員が80名近く在籍していました。
「もし明日売上がゼロになったら?」
その恐怖が常にあったのです。
そこで、社員の生活を守り続けるために、継続的な収益が見込める「ストック型」事業への舵を切りました。
2010年にウォーターサーバー事業を開始し、フロー型とストック型のハイブリッド経営を実現。NEXT ONEは安定した成長曲線を描ける企業に成長しました。
さらに2019年、さらなる安定成長を目指して新電力事業を開始しました。
参入の決め手は、私たちが重視する4つの基準―― 「市場規模」、「市場成長性」、「ストックビジネス」、そして「自社サービス」の軸を満たしていたからです。
当時の電力市場規模は約20兆円と推計され、安定需要があり、電力自由化による市場成長も期待されました。何より、それまでの代理店モデルではなく「新日本エネルギー」という自社ブランドを展開できることは、社員がさらに仕事に誇りを持つためにも大きな意味がありました。
積み上がる収益があるからこそ、人も会社も「未来」に投資できる。
新電力事業への参入は、NEXT ONEがさらなる飛躍を遂げるために不可欠な決断だと信じていました。
▼地獄の30日間:設立から築き上げた資産が一瞬で消えた1か月
ところが2021年、その新電力事業が会社に最大の危機をもたらしたのです。
新電力ビジネスは、販売する電力を日本卸電力取引所(JEPX)や発電事業者から仕入れる必要があります。当時、当社は仕入れの100%をJEPXから行っていましたが、市場価格が突如として大高騰したのです。「逆ザヤ」状態に陥り、売れば売るほど損失が膨らんでいきました。
電力小売事業者には供給義務があり、どれほど高値でも、赤字になったとしても、電力調達を止めることはできません。
いきなり地獄に突き落とされたようで、当初は現実を受け止められませんでした。
しかし、為すすべもなく価格は高騰し続けました。
毎朝、価格をスマホで確認する瞬間は恐怖でしかありませんでした。
スマホを見るだけで吐き気がし、眠れない日々が続きました。
そして、損失はわずか1か月で8.5億円にまで達しました。
設立から14年間かけて積み上げてきたものが一気に吹き飛び、会社は一転して債務超過に陥ったのです。
先の見えない地獄は、需給バランスの改善とともに30日で幕を閉じました。
しかし、手元には巨額の借金だけが残されたのです。
「自分の判断で会社を壊してしまった」
そう思うと、社員の顔を見るのも苦しくてたまりませんでした。
▼11か月で全額返済:絶望を越えて気づいた信頼の絆
絶望的な状況下でしたが、奇跡が起こりました。
絶体絶命の危機に陥ったにもかかわらず、債務超過を理由に辞めた社員は一人もいなかったのです。
それどころか、涙を流し、「会社を絶対立て直しましょう」と言ってくれる社員が大勢いました。
そのことに私は大きく心を動かされました。
私が立ち上げた事業のために会社は崩れかけました。それなのに、前線で会社を守るために戦ってくれたのは社員たちだったのです。
「自分は一人で会社をやってきた訳ではなかった」
その時、初めて気づかされたのです。
私は、社員の強い想いに奮い立たされ、会社再建に向けて全社員で力を尽くすことにしました。
そして、再起をかけて3つの決断をしたのです。
ひとつは、即時的な資金の確保です。新電力事業にシフトしていた社員全員を、一時的にインターネット通信部門へと戻し、キャッシュ獲得に注力させました。
次に、市場が落ち着いたタイミングで、電力仕入れリスクの抜本的な改革を実行。以前より調達コストは若干高くなりますが、市場価格の乱高下に左右されず、安定的に電力を確保できる「相対契約」を結び、電力事業者から直接仕入れる体制を確立したのです。二度とあのような「地獄」を繰り返さないための防波堤です。
さらに、金融機関とも向き合い、2億円以上の追加融資を成功させました。
ついてきてくれた社員たちのためにも、「絶対に会社を潰してはいけない」という一心で必死でした。
その結果、わずか11か月で債務超過を解消することができたのです。
その数字以上に大きかった価値は、「人への見方」が変わったことです。
私は、それまで本当の意味で社員を信じ切れてなかったと思います。
しかし、地獄の中で最後に支えてくれたのは社員でした。
「経営」とは、自分が前に出ることではなく、「人を信じること」だと教わった出来事でした。
▼「支えられている」と気づき、一変した世界。そこから生まれた「障害者雇用支援」
この経験を通じて、私は初めて自分の「敗北」を認めました。
「敗北」と向き合うのは非常に苦しく、悔しいことでしたが、それを認めた瞬間から、世界が変わりました。
「支えてもらって生きている」と心から湧き上がってくる感覚を覚えたのです。
多くの人や社会に支えてもらったように、今度は私たちが「支える側になろう」と決意したのです。
その中で出会ったのが、「障害者雇用」の課題でした。
現在、障害者の方は1,000万人を超え、特に精神障害の方が増加しています。民間企業の法定雇用率は現在の2.5%から、2026年7月以降には2.7%へと引き上げ予定ですが、現時点での基準ですら達成できていない企業が約半数に上ります。また、雇用率は満たしているものの「本質的な活躍の場」の提供が難しいという現実も目の当たりにしました。
働きたくでも働けない人がいる。
企業側も、雇用したいけど難しさを抱えている。
それならば、その橋渡しをしようと考えて立ち上げたのが、「めぐるファーム」だったのです。
「めぐるファーム」は24時間365日温度管理されたスマート農園で、天候に左右されず、安心で快適な環境で働くことができます。一人ひとりの障害や特性に合った、多様な野菜の栽培が可能です。さらに、シングルタスクからマルチタスクにステップアップできるプログラムを構築し、それぞれの成長につながる仕事を創出しています。
今では、障害者の皆さんが自分で育てたい野菜を提案するなど、やりがいと責任を持って働いています。そのため、「めぐるファーム」の定着率は90%を超えています。
「自分たちが作った野菜で誰かが喜んでくれる」
その笑顔を見るたび、この事業を始めてよかったと心から感じています。

▼今後、会社で実現したいこと
NEXT ONEの事業の柱は、社会や人々から「あって良かった」と思われる会社であり続けることです。現在展開している電力などの「生活インフラ事業」と、社会を支える「障害者雇用支援事業」を通じて、本質的な価値を提供し続けたいと考えています。
今後も積極的に新規事業を拡大していく予定ですが、その判断基準として、これまでの4つの軸に加え、新たに2つの基準を設けています。
それは「社会課題の解決に直結すること」、そして「営業利益率30%を目指せること」。この2つを両立できる事業が、私たちの進むべき道です。
私は今年で44歳を迎え、人生後半戦に差し掛かりました。
これまで私を支えてくれた人々、そして社会全体に対して、今後は自分が恩を返し、支える側に回る時です。
人を支え、誰かに喜んでもらうことこそが、私自身の最大の喜びでもあるからです。
新たに始めた障害者雇用支援事業は、ありがたいことに多くの企業様から引き合いをいただいています。
NEXT ONEは社会課題の解決に貢献しながら、事業としても高い価値を創出し続け、営業利益100億円を目指していきます。
▼さいごに
一昨年、私の父はがんのため71歳で亡くなりました。
病気発覚からあっという間の出来事でした。
父が40代の厄年の頃、厄払いへ一緒に行ったことを今でも鮮明に覚えています。当時の父の年齢を、私はいつの間にか追い越していました。鮮やかだった記憶の中の父が、年月を経て現実に亡くなってしまったのです。
「いずれ自分にも、死は必ず訪れる」
それを強く意識するようになりました。
人生という限られた時間軸の中で、どう生きるか。
死ぬ時には、お金も名誉も持っていくことはできません。
だからこそ、人生最後の日に「いい人生だった」と思えるかどうかが大切だと考えるのです。
そのために必要なのは、これまで支えてくれた人々や社会に「どれだけ与えられるか」ということだと、私は思います。
NEXT ONEはこれからも、「社会課題の解決」と「経済的価値の創出」を両輪で回し続け、可能性あふれる未来に貢献してまいります。
私たちが成長することが、誰かの希望となる―—。
そんな会社を目指して、これからも挑戦を続けていきます。
