はじめまして。
WAmazing株式会社の代表取締役CEOを務める加藤史子です。
WAmazing (ワメイジング)株式会社は、訪日外国人旅行者(インバウンド)を対象に、日本での観光体験をより豊かにするサービスを展開するスタートアップです。旅行者と地域、そして日本と世界をつなぐ“プラットフォーム”として、地方創生と日本経済の発展に貢献していきたいと思っています。
▼新卒でリクルートへ入社――「枠にとらわれず、最前線で働きたい」
私は、慶応義塾大学環境情報学部卒業後、1998年に株式会社リクルートに入社しました。
当時は男女雇用機会均等法の施行から約10年が経っていたものの、まだ「女性は一般職」、「男性は総合職」といった区分けが色濃く残っていた時代です。
リクルートを選んだのは、性別で役割や待遇を限定する固定観念にとらわれず、第一線で働きたかったからです。同社は、そうした垣根のない会社でした。
さらに当時の業界研究本では、情報通信業界・広告業界・出版業界にも掲載されており、いったい何業界の企業なのか不明で「どんな会社だろう」と好奇心を掻き立てられました。
私自身も何かの専門家を目指していた訳ではなく、顧客の課題を解決することに価値があると考えていたので、業界に縛られない存在であることにも惹かれたのだと思います。
▼「旅行×地方創生」との出会い
最初に配属されたのは旅行領域の事業部で、新卒2年目に「じゃらんnet」の立ち上げに携わりました。私自身も旅行が好きだったので、サービス自体にも共感でき、楽しみながら仕事に没頭していきました。そして「じゃらん」に関わる中で、地方創生への関心も湧き上がってきました。
さらに経験を重ね、30代で出産を経て母親となったことで、視座も変化していきました。
「子どもが成長した後の日本の未来も、暮らしやすく豊かなものにしたい」という想いが、私の中で次第に大きくなっていったのです。
その想いはますます強くなり、2008年には自ら希望して、観光を通じた地方創生に取り組む「じゃらんリサーチセンター」へ異動しました。ちょうどその年は、観光立国推進基本法をもとに観光庁が設置され、日本が観光立国になることを目指し始めた時期でもありました。
「じゃらんリサーチセンター」では、観光政策や地方創生に関する調査研究、観光庁との連携プロジェクトなど、より社会的インパクトの大きい仕事に関わるようになりました。
印象に残っている仕事のひとつは、19歳はスキー場のリフト券が毎日無料になる「雪マジ!19」という企画です。これは、「若いうちに、地域で豊かな体験をしてもらうとその人は旅行好きになる」という実証実験の取り組みでした。
私たちは研究員として日本人約3万人に調査を行い、「19歳でスキー・スノーボードを体験した若者は、生涯の趣味として定着する傾向が強い」というデータを得ました。裏を返せば、「19歳までに体験しないとスキー・スノーボードに行かない可能性が高い」ということでもあります(笑)。
そして最盛期には「雪マジ!19」が180~190か所のスキー場で採用され、来訪者も爆発的に増えました。スキー・スノーボード市場に新しい顧客層が生まれましたが、母数の国内人口が減少する中で、新しい人口に目を向ける必要があることも感じていました。
その他にも「じゃらんリサーチセンター」では様々なプロジェクトに携わり、人口減少社会における観光やインバウンドが果たす大きな役割を目の当たりにしました。さらに2人目の子どもも生まれ、彼らの成長を見守る中で、観光による地方創生への想いは、確かなものに変わっていたのです。
▼悩んで出した答え――“起業”という選択
リクルートは非常に刺激的かつ学びの多い環境で、私は18年間在籍しました。会社は大好きでしたが、最後の方では「やりきった」という感覚も持っていました。
そんな中、社内の新規事業コンテストに、インバウンド市場を見据えた事業プランで応募しましたが、不採択という結果に終わりました。
それでも、観光による地方創生に関わりたいという想いは既に私の中で確固たるものに成長していました。決断するまでにはかなり悩み考えましたが、40歳という節目の年を前に、会社を離れて“起業する”という新たなチャレンジに踏み出す決意を固めたのです。
私の父は国家公務員、母は当時としては珍しく大学を卒業しており、専業主婦として家庭を支えてくれました。
事業立ち上げの経験や知識など、ビジネスに関する力はリクルート時代に養われたと思いますが、事業への想いの根底には、「日本の将来のために、社会に貢献する」と懸命に社会に尽くしてきた両親の姿勢も大きく影響していると思います。
▼市場選択と創業戦略の勝算
2016年7月にリクルート時代のメンバーとともにWAmazingを設立しました。スタートアップとして挑戦を始め、国内の有名なベンチャーカンファレンスのピッチでいくつも優勝し、事業拡大に向けた資金を集めることができました。
現在、当社は3つの事業を展開しています。訪日外国人旅行者向けのオンライン旅行プラットフォームを運営する「OTA事業」、旅行者を迎える自治体や観光協会などへ観光コンサルティングを行う「地域観光DX事業」、そして国内企業向けにインバウンド送客支援やコンサルティングを提供する「訪日マーケティングパートナー事業」です。
インバウンドのメインターゲットとして私たちが着目したのは「中華圏(中国・台湾・香港)の訪日リピーター層」です。
事業成功は、どの市場を選ぶかに大きく左右されます。拡大市場でビジネスすることが大事だと考え、私たちは徹底した市場調査を行いました。
2019年、中国からの旅行者は日本のインバウンド消費額の36.8%を占める一方で、訪日客数は約960万人。これは人口14億人超の中国市場全体から見れば1%にも満たない規模です。加えて、アジア諸国の経済成長に伴い、観光需要の拡大が見込める市場だと判断しました。
さらに、リピーターほど東京・大阪にとどまらず地方に足を伸ばし、1回の旅行あたりの消費額も高いという傾向が明らかになりました。インバウンドを通じた地方創生を実現するには、この層に注力するのが最適だと確信したのです。
また、リクルート時代に培ってきた観光庁や自治体とのネットワークも、大きな武器となりました。
▼「SIMカード無料配布」から生まれた事業成長
2017年2月から訪日外国人旅行者向けのオンライン旅行会社のサービスをスタートしました。オンライン上で、宿泊、買い物、体験、交通、飲食など、すべてがワンストップで手配できるサービスです。
まずユーザー確保のためのマーケティングが重要でした。
訪日外国人旅行者にどういうインセンティブを提供すれば振り向いてもらえるか調査をし、最も困っているのは通信環境だと分かりました。そこで「入国する入口で、一番困っていることを解決したら注目してもらえるのではないか」という仮説を立てたのです。
そこで、私たちが着手したのは空港での「SIMカードの無料配布」でした。
SIMカードを受け取るには、WAmazingのアプリを事前インストールし、会員登録する必要があります。つまり、“通信環境の解決”をフックに、当社のプラットフォームに呼び込む仕組みを設計したのです。さらに、そのアプリの先には、お客様が旅行に関するあらゆる手配ができるサービスの世界が広がっているのです。
香港と台湾にプレスリリースを打ったところ、ものすごく“バズり”、 サービスインから間もなく2万件のダウンロードを獲得しました。初動としての滑り出しは順調で、ピンポイントで外国人旅行者にリーチするアプローチの手応えを感じられました。
さらに、当社のプラットフォームに旅行チケットや体験コンテンツなどのサービスを提供してくれる事業者様のネットワークを広げていきました。宿泊、交通、体験、スキーリフト券、レンタカーなど、様々なラインナップがそろい、訪日旅行者がアプリひとつで旅のすべてを完結できる世界を目指して、順調に進んでいけるかのように、その時は思われました。
▼危機を通じて生まれた新事業と、3つの柱で描く未来
2019年末頃には、中国籍の社員から武漢での不穏な話を耳にしていました。2020年1月、新型コロナウイルスの影が世界を覆い始め、2月上旬には横浜港で大型豪華客船における集団感染が発生。その後、台湾政府が日本渡航への警戒レベルを最高値に引き上げるなど、実質的に海外との往来ができなくなっていきました。これは、インバウンドビジネスにとって致命的な打撃でした。
私はネットワークを駆使して情報収集や分析をし、この危機が少なくとも2年は続くという確信を得ました。そこで迷わず覚悟を決めて、即座に行動に移したのです。
行ったことは極めてシンプルです。
出ていくコストの最小化、新たな売上の確保、そしてコロナ禍後を見据えた新たな事業の種まき――この3つです。
まず、早々に全社員をリモートワークに移行し、オフィスも解約するなど、あらゆるコストを抑えました。
同時に、現時点での売上確保を目指し、新しい行政の仕事にも着手しました。そこで立ち上げたのが「地域観光DX事業」です。行政と連携し、外国人旅行者が日本に戻ってくる未来に向け、観光商品の開発や受け入れ整備、マーケティング支援に取り組みました。2020年4月のローンチ以降、この事業は、全国250以上の自治体から引き合いをいただくまでに成長しました。
またコロナ禍直前に手渡しで開始していた消費税免税価格でのお土産購入ECサービスは、コロナ禍中の税制改正をもとに免税手続き機能付きロッカー型自動販売機という形で再スタートさせました。
さらに、コロナ禍後は民間企業からのインバウンド集客も増えていくことを想定し、新事業として「訪日マーケティングパートナー事業」を立ち上げ、国内企業向けのインバウンド送客支援やマーケティング支援にも着手しました。
こうして、コロナ禍があったのもきっかけとなり、訪日外国人旅行者という“旅する人”だけでなく、地域や企業など“迎える人”にも寄り添った、WAmazingの3事業がそろったのです。
早々に対策は講じましたが、多くの社員を抱える中で、その時期はやはり苦しいものでした。
ようやくコロナ禍を抜け、2022年10月中旬から中国以外の外国人個人旅行者がビザなしで日本に入れるようになると、需要は一気に戻りました。インバウンド消費が2023年には5.3兆円、2024年には8兆円超え、訪日客も月300万人前後になり、市場はV字回復を遂げたのです。
コロナ禍に生み出した新事業である地域観光DX事業と訪日マーケティングパートナー事業については今年8月からチェンジホールディングスとの連携で誕生した株式会社Onwords(オンワーズ)にて担っていきます。祖業である訪日外国人旅行者向けのオンライン旅行エージェント事業を行うWAmazingとOnwordsの2社でさらなる成長を目指して参ります。より多くのお客様に価値を提供するとともに、日本経済の発展にも貢献していきたいと思っています。
▼今後、会社で実現したいこと
訪日外国人における旅行の5大消費は「宿泊・買い物・体験・交通・飲食」です。
私たちはこのすべてに対応したサービスを提供していますが、現在、特に注力しているのが「買い物代」です。
従来、免税販売は法律上手続きが縛られていてEC化率は0%でした。2021年10月に消費税法の税制改正があり、消費税免税販売の手続きの電子化が許可されたため、訪日旅行客向けの免税オンラインショッピングサービスを始めました。当社のネットショップ上で購入予約した日本の人気商品を全国の主要空港に設置してあるロッカーから受け取りが可能で、このサービスが急速に伸びており、さらなる拡大を目指しています。
観光・旅行業界は、感染症、戦争、為替など外的環境に左右される、もともとリスクを抱えた市場であることは事実です。しかし、ターゲットとするアジア圏の経済成長予測や国民一人当たりのGDP、人口予測などの分析で、大枠の市場の方向性や成長ストーリーを描くことが可能です。
こうした不確実性と可能性の両方を意識しながら、今後も事業の成功に向けて邁進するとともに、「どう企業文化を確立して、そして遠い将来にどのように次世代へ事業を継承していくか」についても思いを巡らせています。
次世代へと事業を承継し、企業が長く成長を続けるためには、脈々と受け継がれる文化や精神が重要なのではないでしょうか。そう考えながら、実際にどう形づくり、未来へつないでいくのかを、今後も模索し続けたいと思っています。
▼さいごに
新しいサービスを世の中に生み出し、それによって社会が動き、よい方向に変わっていく――それが、私にとって一番の喜びであり楽しみでもあります。
私がこうしてエネルギッシュに全力で走り続けられているのは、もともと持って生まれたエネルギー量が大きいことが影響しているかもしれませんが、「訓練」によって鍛えられた部分も関係していると感じています。
ここでいう「訓練」とは、社会人なりたての頃に培う社会人基礎力のことです。その時期は、量が質を担保する部分があると考えています。その時に、どれだけ“正しい負荷”を掛けられたかが、その後の仕事人生の充実や成功に大きく影響するのではないでしょうか。もちろん、心身を酷使するような働き方は論外です。しかし、“正しい負荷”によって鍛えられた基礎力は、やがて“応用力”を発揮する時にも支えになるのだと感じています。
女性リーダー層の育成を依頼される時もありますが、その際には、新卒社員の頃から将来を見据えた育成の重要性をお伝えしています。例外はありますが、人を育てるということは、短期的に成果を求められるものではなく、長期的な視点が必要だと思うのです。
私個人の人生でいうと、「半分くらいまで来たのかな」という印象です。ただ起業してから、ますます今後の人生の見通しがつかなくなっています(笑)。これからも、新しいことや変化を起こしながら、忙しくも楽しい時期が続きそうです。
そして最期は、「めっちゃ仕事したな!」と思って迎えたいですね(笑)。おそらく最期の瞬間まで全力で働き続けるのだと思います。
そして今は全力でWAmazingの事業の成長と成功を通して、地域と日本経済の発展のために走り続けていきます。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。